1.私たちの目指すもの
私たちは日本を含む世界各地の「地域づくり」や「コミュニティ開発」に
関心を持ち、現場に対して何らかの関わりを続けている個人の集まりです。
人と自然、人と人のより豊かで公正な関わりのあり方を模索し、実践している
NGOやNPO実践者、研究者、行政や公的機関の関係者、その他「地域」に関わる
活動をする様々な人々の間でのゆるやかな「まなびあい」のネットワークです。
私たちが重視しているのは、次のような、「いりあい」と「よりあい」という考え方です。
「いりあい」
「入会(いりあい)」は、「一定地域の住民が、慣習的な権利によって
特定の山林・原野・漁場の薪材・緑肥・魚貝などを採取することを
目的に共同で使用すること」(三省堂・大辞林)と定義されています。
私たちはこの「いりあい」を、コミュニティを構成する人々が自分たちの生活を
維持し発展させていくために必要な、「みんなのもの」を共に管理すること、
として捉え直したいと思います。私たちがその暮らしを営んでいくに
あたって大切な「みんなのもの」……大地と水、森林や動植物、川や海と
その岸辺、公園や街路、そして学校や社会福祉等の「公共施設」。
私たちは普通、これら「みんなもの」は国や自治体などの「公的機関」が
維持管理すべきもの、と考えてきました。しかし日本に限らずアジア各国で
実践されてきた「いりあい」の歴史を顧みると、それぞれの地域社会では
人びとが長年にわたり、山や野や海を自分たちで守り育んできています。
「政府の限界」や「市場の失敗」が明確になった現代においては、
「公」でも「私」でもない「共的な価値」を再生し創造することが切実に
求められているのではないでしょうか。「自分たちの暮らしを発展させるために
必要な『みんなのもの』をみんなで維持管理する」という「いりあい」の発想が、
新しいコミュニティの創造に欠かせないと考えます。
「よりあい」
「三人寄れば文殊の知恵」。何かの課題について考える時に、「みんなで
話し合って知恵を出しあう」というのは大変効果的だ、と私たちは体験的に
知っています。また対立する意見がある時も、「ともかくよく話し合って」
と言います。「村落共同体の発展に伴い成立した共同体所属の構成員による
評議・談合の場」(大辞林)である「よりあい」は、そうした「コミュニティ」
の存続・発展に不可欠な意思決定の場でした。しかし社会が近代化し、
人々が自分自身の生活や仕事に忙しくなるにつれて、同じ地域に住む仲間たちが
知恵を出しあい、時間をかけて話し合い、物事を合意していく場である
「よりあい」が機能しにくくなっています。個々人は自分の利益だけを
主張しあい、「声の大きい者」或いは「数の多い者」の意見が通る、という風潮が
蔓延しています。互いに分断されバラバラになったコミュニティが
「ともに生きる」ための機能を再生させるためにも、私たちは今いちど、「ともに
集まり、じっくり話し合い、知恵を出しあい、みんなで合意し、行動していく」
ためのプロセスを再構築する必要があるのではないでしょうか。
こうした「いりあい」と「よりあい」を視点として、私たちは国境、
マチ・ムラ、世代、職業の壁を超えた
次のような「まなびあい」の「ネットワーク」を生み出すことを目指しています。
「まなびあい」
グローバル化が進み、世界中が同じ価値のもとで競争し、同じような
生活様式を強いられつつある中で、地域の伝統や特徴に根ざして自分たちの暮らし
を自らの手で創っていこうとする動きが、世界各地で起こりつつあります。
それぞれの地域や人びとは文化も歴史も環境も異なりますが、自分たち自身の暮らしや
コミュニティの絆をどうやって守るのか、或いは再生するのか、そして外の世界と
どのような関係を築いていくのか、という視点からは、共通の課題を抱えていると
言えるでしょう。共有資源の共同管理という観点からも同様です。そして異なる地域で
同じ課題を抱える人々同士が、互いに出会い、学びあうことで、それぞれの地域での実践を
さらに深めることができると考えます。それはまた、「グローバル化」に対抗する
新しい動きを創造していくことにつながるのではないでしょうか。
「ネットワーク」
日本とアジアやその他の
国々の地域との間で、「まなびあい」のネットワークを形成します。それは、地域の実践に
関わろうとする多様な人びと、研究者やNGO・NPO活動者、行政官、そして様々な
住民組織とを結ぶネットワークでもあります。そしてこのネットワークは、単に
「互いに繋がっている」静的な関係ではなく、「繋がることで何かが動く」動的なもの、
共に何かを作り出すような関係を目指します。そのためには、じっくりと時間をかけて、
相手と寄り添い、共通理解や共有できる価値を育んでいきます。まさに私たちの
「ネットワーク」そのものが、「いりあって」「よりあう」関係を育み、
「まなびあう」プロセスとなるのです。